大平洋戦争末期、劣勢おおうべくもない大日本帝国軍兵士たちは「戦うに武器なく、いまや止まるも死、進むも死」と降伏よりも日本男児の真骨頂を見せようと「バンザイ突撃」を敢行したが敵の集中砲火を浴びて全滅した。
忠魂碑(サイパン島)
叙
祖国の非運に魁けて
無残にも散り往きし
尽忠の英霊に対し
この碑を建て
萬腔の感謝と尊崇をこめ
併せて世界の恒久平和を祈る
粗末な武器を手に「バンザイ」を叫びながら突撃を敢行した彼らに、生存の可能性など望むべくもありませんでした。いや、生存の可能性云々を論じること自体、英霊に対する冒涜(ぼうとく)かもしれません。
彼らは「バンザイ」と叫んだ時点ですでに死んだも同然だったと言っていいと思います。
上の図の9番は「乗っている」とか「死んでいる」などと表現されます。
猿が撞いても入る。
つまりまだ入って(死んで)いるわけではないが 入って(死んで)いるも同然なのです。
武蔵小山撞球隊ではこの状態を「天皇陛下バンザイ」と呼んでおります。
ただし死んでいるはずの球も、穴との距離が遠かったりすると手球の横を撞くと入らない場合があります。その時「天皇陛下に裏切られた。」などと叫ぶのはまちがっている。
それは単に腕が未熟なだけであります。
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