かつて世界チャンピオンE・レイズとチャレンジマッチで対戦した時、私はビデオ撮影を思い付いた。
記念のためではない。
万一勝った場合は大量にダビングして知人に配ろうと考えたのである。少なくとも5年間はデカイ顔をできるに違いない。わたしは燃えた。
試合に先立って、私は撮影係の友人に言った。
「そのビデオの主人公はこの私である。断じてE・レイズではない。彼のプレーを撮影するのもいいが私のプレーは特に真剣に撮れ。」
試合が始まった。
第1セット。
私の渾身の力を込めたメガトンブレイクがいきなり炸裂した。
残念ながら一つも入らなかった。
E・レイズはダルそうに立ち上がると、全部入れた。
その後、
マスワリ
マスワリ
こうして運命の第4セットをむかえたのである。
彼はブレイク後、セーフティーを敢行した。それは手球の出口すらないエグいセーフティーだった。
わたしはアタマにきて通訳に言った。
「なんだこのセーフティーは。あの男はいったいどういう性格してるんだ? ヤツに伝えてくれ。この試合の主人公は君ではない。この私だ。撮影係まで連れてきたのにオレは椅子に座っているだけではないか。オレにも撞かせろ。」
通訳の話を聞き終わったE・レイズはニッコリ頷いた。
フリーボールから1番を入れたあと、手球は吸い込まれるようにスクラッチした。
彼は相手に花を持たせる時もわざと外したりはしない。ちゃんと入れたあとにスクラッチさせるのだ。
「Oh!」
彼は両手を拡げて「しまった。」のポーズまでしてみせた。
さあいよいよ私の出番だ。ずっと座っていたので尻が痛い。
その時である。
ふとE・レイズの方を見ると何か言っている。
「Airplane Airplane!」
???エアプレイン???飛行機???
私は通訳を呼んだ。
「エアプレインって何だ? 飛行機の時間でも聞いてるのか?」
通訳は答えた。
「さっきのスクラッチはエアプレインというそうです。」
ヤツは、E・レイズは、
スクラッチに名前をつけていた!
私は一気に闘志を失ったのである。
家に帰ってビデオを観ることにした。
負けてしまったのでダビングの必要もなくなったが、せっかくなのでちょっと観ようと思ったのだ。
だが、ビデオには「壁」しか映っていなかった。
撮影係がビデオ越しよりも肉眼でみたいので、撮影するのをやめてビデオはその辺の台の上に置きっ放しにしていたのである。
今か今かと最後まで観てビデオの中身が全部「店の壁」だとわかった時、私は激しい脱力感に襲われたのである。
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