2009年秋のある日、はるばる仙台から森学がやってきた。
数年前、BOSSと会ったとき彼は話しかけてきた。
「お見かけしたところBOSS殿の球はたいそう年期が入っているように感じました。球歴は何年くらいでありますか? ちなみにわたくしは26年であります。」
「んー。32、3年くらいかなあ。」
「おそれいりました。」
わけがわからんが妙に礼儀正しい男なのだ。
ムダに燃える男森学は2泊3日ぶっ続けでビリヤードを暑苦しく語った。
「ちょこっと撞きましょうよ。」
ほとほと腐りかけていたBOSSはちょっとやる気がでてきた。熱病に感染したのだろう。
あげくの果てに、新宿駅東口の「どん兵衛」で記念撮影をした。
それが上の写真である。
新宿アルタ前はおそらく日本で一番人の多い場所で、ここで「どん兵衛」はこっ恥ずかしいったらありゃしないが、これがBOSSに勇気を与えた。
持つべきものは友である。
少し元気の出たBOSSは「全日本選手権」の観戦に行った。
アルカイックホールはじつは初めてである。
なんだかんだで、結局はブスタマンテが優勝したそうな。
女子は知らん。
でも、あれですな。こういう大きい試合では、入れ合いもいいけれど飛ばし合いのほうがさらにおもしろい。
ビリビリにしびれた場面で世界級の選手がポロリとやるのはまさに大河ドラマです。
さて、今回の大阪行きは井上淳介さんの取材が主目的だった。
CUESにちまちま連載している「ハスラー列伝」の最終回は片岡久直に決めているが、その片やんがなかなか引退しないのでそれまでは取材の旅が続くことになりそうだ。
B 「片やん。そろそろ取材に行っていいか?」
片「えっ? あれって引退した選手を書くんじゃないの?」
B「んだ。だから早く引退しろ。」
片「もうちょっと待ってえな。」
さて井上淳介といえばBOSS世代におけるビッグネームである。
かつて「押しの花谷、引きの淳介」と謳われたスター選手であるし、何よりも蔵之前忠勝をして「稀代の勝負師」とうならせた根性の持ち主だ。
7、8年ぶりの再会である。
「 淳介さん。ずいぶんオジイになりましたね。」
「何ぬかす。お前こそおっさんになったな。」
69才のオジイだが、気持ちはハタチのようだ。
淳介さんの話はとてもおもしろかった。
古い写真(戦前)を見せてもらうと「米式ローテーション」という看板が写っている。これはポケットビリヤードのことで、「英式ローテーション」はスヌーカーだそうだ。
四つ玉が主流の時代ならではの看板だろう。
そういえば30年くらい前に横浜に行った時、ふらりと入った球屋には四つ玉の台が2台置いてあるだけだった。
BOSSは店番のおばあちゃんに聞いた。
「ポケットを置いている店はありませんか?」
おばあちゃんはポカンとした。
「はあ? ポケット? そんなのはこの辺にはないねえ。」
「米式ローテーション」の歴史は浅いようだ。
淳介さんによると、ビリヤードで最も大事なのは「突っ込み(撞き出し)」だそうだ。
というわけで、
井上淳介の突っ込み
上の2枚の写真は、通常のフォーム(左)と遠いカットを狙うときのフォーム(右)。
左:左足に多く体重が乗っている。
右:前に出した右足に体重が乗っている。レストはオープン。
淳介さんは「オープンレスト」のことを「乗せレスト」と呼んでいる。ぷっ♪
引き球には「重い引き」と「軽い引き」があるそうで、その違いは・・・んー・・・つまり手首を使うのが「軽い引き」で、手首を使わないのが「重い引き」。ってことで大体合っているだろう。
手首を使わない球の練習方法は上の写真参照。
親指と人差し指をキューから離して撞くのだそうだ。
引き球マニアの方はぜひどうぞ♪
淳介さんの「吹田中央ビリヤード」には夜8時に行ったが、なんだかんだと話がはずんで取材が終わったのは翌朝3時を回っていた。
選手権の会場はとても寒く、左足がダメなBOSSはかっこんかっこんペンギンのように歩いていたが、左足をかばったために右足首が腫れ上がってしまい寝込んだ。
だが淳介さんの取材に大満足のBOSSは、思わずニタリと笑ったそうな。
ニタニタ笑いながらビッコで歩くおっさんは、さぞかし気持ち悪かったことだろう。
|