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ハスラー列伝 (BOSS編3)


本文とは関係ありません。



啓二の生活は完全に破滅していた。
かれは球を撞くだけのために生まれてきたような男で、世間のものさしと彼のものさしとでは寸法が違っていたのだろうし、第一、球以外のことに興味もなかったのだろう。
出身地が広島だと本人に聞いていたが、それ以上話したがらなかった。
口の悪い連中のなかには、生年月日も知らないのではないか、という者がいたほどだ。

 

だが啓二は飄々と生きていた。
どこで生まれようがどんな環境で育とうがかれにとってはどうでもいいことで、ひたすら無計画な毎日をおくっていた。

 

電気を止められてはじめて電気代の支払いに行く。
事前に支払っておけばいいと思うのだが、そういう計画性がない。
結果的に啓二の部屋は年がら年中電気がついたり消えたりしているので、わたしは「モールス信号」と呼んでいた。
万事こういう調子で、やっと電気がついたと思ったら次にはガスが止まる。
ただしガスを止められたときの啓二は鬼神のように強くじつに手のつけようがなかった。ガスを復旧させないことには、夜食のラーメンを食べられないからだ。
賭球ですこしばかり勝つと必ず行方不明になった。バクチ場へ行くのだ。
球以外に才能はないのですぐに負けてしまい、スッテンテンで部屋に帰ってみるとあわれ電気もガスも止められている。
こんなことの繰り返しだった。

 

絵にかいたような「破滅型ハスラー」で球以外どうしようもない男だったが、啓二とわたしは妙にウマが合った。
ある夏の一夕、ふたりで京橋を歩いていると前から歩いてきた男が啓二に声をかけた。身長180以上でガッチリした体格の男だ。
「おい啓二、ちょっとやれへんか。1個出しとくわ。」
ハンデ1個出すから撞かないか、という意味だが、無論わたしは冗談だと思った。啓二にハンデを振れる選手など滅多にいるはずがない。
だが、あきらかに啓二はうろたえていた。
「いや・・・今日はええわ。」
「天才」と呼ばれる男が逃げている。
わたしは信じられない気持ちでふたりのやりとりを見ていた。

 

これが小杉純一だった。




 

「おい。なんで逃げるんだ?」
わたしは啓二を喫茶店に引っ張り込んだ。
「なぜ勝負しない。おまえ、カッコ悪いぞ。」
「ビリヤードの神様」角当さんを尊敬し、「一晩でマスワリ100回」の蔵之前さんを兄と慕っていることを聞いていたわたしは、こと球に関する限り、このふたり以外の者に啓二が頭をさげることが理解できなかった。
「やってみなきゃわからん。違うか?」
それまで黙っていた啓二が、たまりかねて喋りはじめた。
「あのな兄ちゃん。兄ちゃんはそんなこと言うてるからシロウトなんや。オレはな、球でメシ食うてるんや。プロとかそんなことは関係ない。ボーラード650点でプロやろ。悪いけどオレ、それくらい左手でも撞けるわ。」
「プロやからいうて逃げへんけど、あいつには勝てん。勝てん相手から逃げるの当たり前や。」
わたしは呆然と聞いた。

 

小杉は「京阪ビリヤード」と同じ京橋の「みやこビリヤード」の店員だった。
わたしは「みやこ」を訪ねた。
啓二が「勝てない」という小杉の球を、自分の目で確かめたかったのだ。
「あんたが小杉さんか? ちょっと相手になってくれるか。」
わたしは挑発するためにわざとデカい態度に出た。
「6セット5000円でどうだ?」
今から20数年前としては安いレートではなかったと思う。挑発することで目一杯のプレーを見ることができるだろう。しかも初対戦。
小杉は一瞬怪訝そうな表情をみせたが、あっさり受けた。
「いいですよ。」

 

信じられないことだが、わたしは最初のブレイク以外にクッション2回撞いただけだった。

 

「鬼の再来だ。」
わたしは全身に、それまで味わったことのない慄えを感じた。

 

 

 (つづく)


 
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